翡翠原石 翡翠 勾玉 |
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![]() 私たちは翡翠としてあなたの元へやってきます。 私たちは、神とつながる石としてあなたの元へやってきます。 私たちの生命の再生の力を分かち合い、私たちの神と繋がる力を分かち合うために、私たちはやってきます。 翡翠のエネルギーに対して心を開いてください。 何よりも、あなた方一人ひとりの中にある神と繋がる意識と生命の再生に対して心を開いてください。 あなた方の神と繋がる意識は、翡翠の意志(石)によって地球の心と繋がり易くなります。
あなた方の心を、かつてなかったほどに神に対して開放してください。 そして、意識の扉を開いて、心の中にある神と繋がる意識を伝えてください。 あなた方は、神と繋がる意識をもった存在であり、魂と心を繋げる存在です。 神との繋がりを体験することによって、はじめて次の段階に進むことができるのです。 この神と繋がる道は、意識しかありません。 あなた方がこれまで与えられてきたすべてのものを信頼してください。 あなたという存在のすべてを信じてください。 翡翠のエネルギーを信じるというよりも、翡翠のエネルギーによってあなた方の中に目覚めるものを信じるのです。 なぜならば、親愛なる友よ、あなた方が神と繋がる意識体そのものなのです。
いまという時代に蘇った翡翠のエネルギーが、神と繋がろうとしている人々に注がれるでしょう。 親愛なる友よ、あなた方が感じたことにもとづいて行動をとるべき時が近づいています。 自分の心の中に宿っている神の意識にもとづいて行動するのです。 あらゆる事の中に神の意識を感じてください。 私たちは、神と繋がる意志(石)をもって、持ち手の側に現れます。 私たちはいま、あなた方のパートナーになろうとしています。 この神聖な人生の旅路に、神とつながる意識をもって進んでいくあなた方に敬意を表します。 そして、あなたという神が宿った意識体を愛してください。 翡翠の精霊より
![]() 日本の文化において、翡翠は特別な石でした。 勾玉、大珠・・・など、日本の縄文時代から弥生時代の原宗教に欠かせないものでした。 翡翠には、神が宿るとされ、神とつながる石として、神事に欠かせない特別な石でした。 翡翠は縄文時代から勾玉として使用され、翡翠の歴史は日本が最も古いと言われています。 天皇家の象徴である三種の神器の八咫鏡(ヤタノカガミ)、草薙の剣(クサナギノツルギ)、八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)の中の一つ、八尺瓊勾玉は、糸魚川産の翡翠製大珠とされています。 また、日本では数珠としても好んで使われています。 ![]() 翡翠は、硬い硬玉(ジェダイト)と、軟らかい軟玉(ネフライト)の2種類あるのですが、硬い硬玉が宝石とみなされています。 硬い硬玉は、本翡翠とも言われています。 軟らかい軟玉は、装飾品や工芸品などに加工されました。 中国では、翡翠のことを「玉(ぎょく)」と呼ばれ、金やダイヤ以上に重んじられてきました。 また、中国では翡翠とはカワセミを意味し、翡翠の色がカワセミの羽の色のようであることから、翡翠と言われるようになったと言われています。 ![]() 翡翠は、日本では、新潟県糸魚川市姫川流域が硬玉の主な産地です。 また、各地の遺跡からは、新潟県糸魚川市の翡翠が発見されています。 翡翠の産地、新潟県糸魚川市は、越の国と言われ、奴奈川姫伝説があります。
神代の時代、ぬな河(糸魚川)と翡翠を統治していた巫女、奴奈川姫。 「ぬな河の底なる玉(翡翠) 求めて得まし玉かも 拾ひて得まし玉かも あたらしき 君が老ゆらく惜しも。」と万葉集で歌われ、不老長寿の玉である翡翠を賢く、美しい奴奈川姫に送りたい。美しい奴奈川姫が老いていくのは、惜しい という意味のようです。 また、出雲の国の大国主命が、奴奈川姫のところまで訪れ、求婚を申し込み、結婚したと言われてます。 出雲大社本殿の裏の真名井遺跡跡からは、最高級の翡翠の勾玉が発見され、大切に祀られています。 硬玉の主な産地は、日本では新潟県糸魚川市姫川流域や、富山県のヒスイ海岸、などです。 他には、ミャンマーのカチン高原、グアテマラのモタグア渓谷などです。 軟玉の主な産地は、中国の新疆ウイグル自治区のホータン(和田)地区です。 |
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